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「……で?」
ハンバーグを口にほうばった後、リディアはモゴモゴと口を動かしながら言った。
「なんなのよ、教えてほしい重大なことって言うのは?」
お昼休みの校庭。まだ、お弁当の時間が始まったばかりで、校庭で遊んでいる生徒たちは少ない。秘密の相談にはもってこいというわけで、私とリディアは授業が終わるとすぐに教室を後にした。
「リディアのお父さんて、『黄金のカエル亭』で働いてるの?」
「ええ、そうだけど……あ、ダメよ。レシピは教えられないからね。あれは企業秘密なんだから」
「……やっぱり」
私の読みに間違いはなかったのね。これはきっとものすごい情報が引き出せるわ!
「いいじゃないの。あなたの家お金持ちなんだからいつでも食べに行けば。聞きたいことってそれだけ? ならもう、教室に戻るわよ」
リディアは言うだけ言うと、さっさと立ち上がって校舎のほうに戻ろうとした。
「違うの、聞きたいのはそんなことじゃないのよ!」
私はあわててリディアの前に回り込んで、ハンバーグを突き刺したフォークを差し出した。
「じゃあ、何よ」
リディアは言いながら、またハンバーグを口に放り込む。でっかい口よねぇ、同じ女とは思えない。
は、ダメダメ。余計なことを考えてたら。今は情報収集が先決なのよ!
「実はね、あのお店に亜麻色の髪の子がいると思うんだけど、知ってる?」
「亜麻色……レンのこと?」
「レン!?」
早速情報をキャッチ! なんだか、いかにもブリッ子って感じの名前ね。トールには似合わないわよ。
「なーに、今度はレンに惚れちゃったわけ? やめといた方がいいわよ。トールと同じくらいに望みのない恋をするのは」
「や、冗談やめてよ! どうして私が……」
そんな趣味はないわ。それに何よ、『トールと同じ位』って言うのは!!
「あら、違うの?」
「違うの! ……近頃、トールがその子とベッタリらしいの。一緒に買い物してたり、中央公園で会ってたり、昨日も一緒に夕ご飯食べてたみたいだし」
「ああ。そういえば、そんなことも言ってたわね。で?」
リディアは、勝手に私の水筒を開けてジュースを飲み始める。
「で、だから……どんな女なのか知りた──」
と、その時リディアは思いっきりジュースを吹き出して、咳き込み始めた。
「え、ちょ、リディア、大丈夫?」
「ゲホ……うん、平気。ちょっと、むせた。ケホ」
リディアは、大きく深呼吸すると、上を見上げたまま言葉を続けた。声と肩が震えている、何で?
「じゃあ、とにかくアニーは、レンがどんな……か、知りたいと」
「そう、真剣に相談してるのよ。だから、ちゃんとこっちを見てよ」
「ごめん、ちょっと待って」
そういうと、リディアは背中を向けてしゃがみ込んでしまった。それから、待つことしばし。リディアは突然ガッシリと、私の肩をつかんだ。
「いい、アニー。何を聞いても驚いちゃダメよ」
真剣な表情でリディアは私の目を見つめる。
「う、うん」
私も、リディアのその力強い瞳に負けじと彼女を見つめ返す。もしかすると、その光景は周りの人たちが見たら妖しい雰囲気があったかもしれない。
「実は、あの子はね……」
「あの子は……?」
そこで彼女は耐え切れないというように私から瞳を逸らした。
「実は、トールの憧れの君」
「え、ウソぉ!?」
「嘘じゃないわよ。知り合ったのは1ヶ月くらい前かしら、トールの一方的な一目惚れ。ごめんね今まで黙ってて」
今明かされる、衝撃の新事実。私は文字通りに固まってしまった。そして、視界がだんだんと狭くなる。
「なぁ〜んちゃ……って、アニー? ねえ、ちょっとアニー!?」
リディアのあわてた声が、どこか遠くから聞こえてきた。そこで、私は周りとの接触を断ち切った。
それから一体どれくらいの時間がたったのかは分からない。ふと気が付くと、見慣れない景色がそこにはあった。
「あ、気が付いた?」
声のしたほうに目をやると、リディアが私のことを見ていた。
「私……」
まだ少し頭がぼうっとしているけれど、身体を起こしてみる。辺りを見回すと、ここは保健室だった。
「校庭で急にひっくり返っちゃったのよ。びっくりしたわよぉ」
ああ、そっか。あのままひっくり返っちゃったのね。
「どれくらいの時間、たったの?」
「あれから? そうね、1時間くらいかしら。もうじき5時限目が終わるから」
そんなに長い間? やだ、情けないわぁ。
「その間、ずっとここにいたの?」
「ええ、まあ。ちょっと悪い事したかなって思って」
リディアが気まずそうな顔をしてそう言った。
「いいのよ。だって事実を教えてくれただけじゃない、むしろ感謝してるわ」
「アニー、だから」
「いいんだってば本当に。このほうが張り合いがあるわよ、恋する乙女にライバルはやっぱり付き物だものね」
「あ、あのねえ。だから、そうじゃなくって」
その時、カラーン、コローンと鐘が鳴った。
「あ、授業が終わっちゃった。急がなきゃっ。リディア、ほら早く!」
私はリディアの腕を引っ張って走る。早くしないと、トールが帰っちゃうわ。
「ちょ、ちょっと何よ。そんなに急いでどうするの?」
リディアが私の手を振りほどいて、立ち止まった。
「決まってるじゃない、トールの後を尾行《つけ》るのよ!」
「……尾行て、どうするの?」
「トールは今日も例の、レンだったっけ?」
「うん」
「きっと、そのレンに会うはずよ」
「だから?」
「決闘を申し込むのよ!」
リディアがあんぐりと口をあけて私を見た。間抜けよ、ちょっとその顔は。
「決闘って、レンと?」
「そう、リディアは立会人になってね」
「……なに馬鹿なこと言ってんのよ」
「馬鹿じゃないわ。愛は、戦って勝ち取るものなのよ!」
トールは、今はただ、本当の自分を見失ってるのよ。きっと愛のために戦う私の姿を見れば、正気を取り戻すはずだわ。
「あのね、アニー。だからね──」
「さあ、いざ戦いの場へ!」
私は、リディアを引っ張って教室に向かって再び走り出した。
「ちょっと、人の話を聞きなさ〜い!!」
「そんなヒマは、な〜い!!」
教室から、たくさんの生徒たちが飛び出してきている。急がなきゃ!!
ここは市場街の東中央通り、中央公園は、すぐ左隣にある。
「しっかし、本当に安直な名前よねぇ。東西南北の中央通りに囲まれてるから中央公園なんてさ」
背後でリディアが呟いた。
「え? 中央公園を囲んでるから中央通りって言うんじゃないの?」
びっくりした声で、答えたのはトール。
「うそぉ、通りの名前が先でしょう?」
「えー? ぼく、公園のほうが先なんだってずっと思ってた」
「そんなの、どっちだっていいじゃないのよ!!」
後ろも見ないで叫んだのは、私。
まったくもう。せっかく、学校帰りのトールに追いついて尾行をしていたのに、いつの間にか一緒に帰っている私とリディア。これじゃあ、トールのデートの現場に乗り込むことが出来なくなっちゃったじゃない!
「ねえ、リディア。アニー、お昼に何か悪いものでも食べたの?」
1人でムスッとしていた私を心配したのか、トールがリディアにそんな風に聞いた。でも、心配してくれてるなら、私に聞こえないように聞いて欲しいんだけどね、トール。
「そんなんじゃないわよ。ただ、トールの後を尾行《つけ》てたのに見つかっちゃったのが悔しくて仕方がないだけ」
あっけらかんと答えるリディア。ちょっと、なに本当のことを言ってるのよ!
「何でぼくのことを尾行する必要があるの?」
ほら、そんなことを言われたら、誰だって変に思うじゃない。
「それはね」
少し得意気なリディアの声。私はあわてて後ろを振り返った。
「リディア!!」
何もそこまでばらす事ないでしょ!?
「スパイごっこをしてたからよ」
「スパイごっこ?」
トールが不思議そうな顔をしている。私だって不思議に思う。なによそれ?
「あら、知らないの? 今、女子の間で流行ってるのよ、後ろ見てみなさいよ」
言われたとおりに後ろを見てみると、トールファンクラブの4人があわてて木の後ろに隠れたところだった。あの子達も来てたなんて……。
「全然知らない、そんなの」
知らなかったわ。
「女の子って面白い遊び考えるんだねぇ」
トールが感心したように言った。
「別に考えてるわけじゃないわ、もっと単純なものよ。ねえ、アニー?」
「え? ああ、そう。うん」
「ふーん、そうなんだ」
何にも分かってないような声で、トールが頷く。その時、
「何がそうなんだ?」
私の後ろから突然聞きなれない声がした。とても澄んだ気持ちのいい声。
「えっ?」
誰? そう思って振り返ってみたけれど、誰もいない。あら、気のせいだったのかしら?
「あ、シルフィア商店の4番目じゃん」
また声がした。声の発生源はどうも、下。
「……何だよ」
年のころは3つか4つ。碧く円らな瞳がとても印象的。そして、亜麻色の髪……。
「あれ、レンだ。どうしたの?」
悔しいけれど、私なんかより遥かに可愛い。絵にも描けない美しさって言うのは本当にあるのね。この子が、レン。トールの憧れの女の子、
「おう、トール。なんだ近頃よく会うなぁ。あ、そうだ。デュークにお礼言っといてくれよな。昨日はサンキューって」
なの……本当に? ずいぶんと乱暴な言葉遣いなのね、顔とのギャップがここまですさまじい人も珍しい。
「うん、分かった」
戸惑う私は、あっという間にそこから取り残された。
「いやぁ、昨日は久しぶりに楽しんだなぁ」
「いっぱい食べてたもんね、レン」
「おう。あれだけドカ食いすると、やっぱり気分がいいもんだ」
「へーえ。このあたしを誘わないで、よーくもそれだけ楽しむことが出来るわねぇ」
「……相変わらず、身体も態度もでっかいやつだな。お前って」
「あんたも、相変わらず身体だけは小っちゃいわねぇ」
リディアにポンポンと頭を叩かれたレンは、憮然とした顔でそれを振り払った。
「おい、トール。オレは納得いかないぞ。どこがイトコなんだ、リディアと?」
「ど、どこって言われても……お父さんたちが兄弟だから」
おどおどと気迫に押されながら答えるトール。
……ちょっと待って、何か変じゃない? レンは今、なんて言った。なんて言ったの今?
私の視線は、自然とリディアのほうへと向かった。リディアも、ふと顔を私のほうに向けた。目が合った瞬間に浮かべた、ぎこちない笑顔がいかにも嘘くさい。私のささやかな疑問が真実なのだと確信した瞬間だった。
「……リディアぁ!?」
「あのね、アニー。落ち着いて話し合いましょう。いい?」
なんだか、声にはゆとりがあるけど、思いっきり逃げ腰な姿勢のリディア。
「2人ともどうしたの、急に?」
トールが驚き混じりの声をかけてきた。
「どーせ、リディアがなんか下らない事したんじゃないのか?」
その言葉は、別に何気ない言葉だったと思う。だけど、何でか私は無性に腹が立った。
「下らなくなんかないわよ! 大体、あなた男なんでしょ!?」
「男だけど……なんだか言葉に全然つながりがないぞ」
「ほっといてよ! 男には口出しできない問題なのよ!!」
そういって、私はレンをキッと睨みつけた。
「トール。どうしたんだ、こいつ?」
「さあ? アニーには付いていけないところがあるから」
2人はそう言いながら、後ろを向いてヒソヒソ話を始める。
「何を2人して、内緒話なんかしてるのよぉ!!」
「何を公衆の面前で大声出して騒いでるんだ?」
私が叫んだ瞬間に、いきなり誰かに頭を叩かれた。
「あ、シルフィア商店の3番目」
レンの言うとおり、私の横に立っていたのはマックス兄ちゃんだった。マックス兄ちゃんは、レンに向かってカバンを持った手を上げた。
あ、そういえばお兄ちゃんはレンに会ったことがあるって……ああ〜っ!?
「お兄ちゃん、だったらなんで昨日、この子が男だってこと教えてくれなかったのよ!!」
私はお兄ちゃんにつかみかかった。
「……何がだったらかは知らないが。男にトールを奪われたと知ったら、やっぱりショックを受けるんじゃないかなと思ったから」
「…………」
返す言葉もありませんわ、お兄様。私はそのまま地面に座り込んでしまった。
「トール、済まないな。オレはお前のその気持ちには答えてやれないぞ」
「……答えて欲しくないよ。ぼく、そんな趣味ないもの」
2人の会話が、私の耳を通り過ぎる。
「だから、人の話を聞きなさいって言ったのよ」
リディアがしゃがみこんで私の顔を見た。
「だってぇ……」
それ以上は言葉に出来ないくらいに悔しくなって、私は地面に伏せた。
リディアから大体の事情を聞いたトールは、ワンワンと泣きじゃくるアニーをただ呆然と見つめていた。
「でも、何でそんな風にアニーは思い込んじゃったわけ?」
「さあ、そのへんはよく知らない。でも、誰かに聞いたらしいような感じではあったけど」
トールの問いに、リディアは後ろを見ながらそう言った。さっきまでこちらを窺っていた4人の影はもう見えない。
「ま、オレも女に間違えられるのは慣れっこだからな」
レンは、空を見上げてそう呟く。
「だったら、もうちょっと男っぽく見られるように努力したら?」
「これ以上どうやって男っぽくなれってんだよ。見かけはどうやったって変えられないんだからな!」
下らない言い合いを始めたレンとリディアを尻目に、トールは小さくなったマックスの後ろ姿を見つめる。
「……でも、何でマックスさんはそんな風に思ったんだろう?」
トールのポツリと呟いた声は、夕飯の買出し時で賑わっている市場街の喧騒の中に飲み込まれていった。
街は、今日も平和である。
おわり