市場街中央公園の悲劇

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5

 次の日。
「ん〜……すがすがしい朝だわ!」
 昨日の夜はものすごく早く寝たもんだから。、今日の私はものすごく早起きだった
 ダイニングの窓を開けて朝のおいしい空気をいっぱい吸い込む。シャワーも浴びて気分はすっきり、しかもおねえちゃんに叩き起こされない朝、たまにはこういうのもいいかも。
「あら、アニー?」
 そう言って、ダイニングに入ってきたのはお姉ちゃん。
「あんたが、あたしより早く起きるなんて……雪でも降らなきゃいいけど」
 その言い方は、ちょっとばかり気に障るんだけど。
「あれ、アニー!?」
 次に入ってきたのはマーク兄ちゃん。
「何でお前がこんなに早くいるんだ? ……今日は鍋を持ってった方がいいかな」
 そう言うと、お兄ちゃんはキッチンの鍋をあれこれ見比べ始めた。
「お兄ちゃん。どういう意味、それって?」
「石が降るだろ?」
 ……姉弟そろって、何よその言い草は。
「石じゃなくて、槍が降るんじゃないか」
 そんな恐ろしいことを平然とした顔で言うのは、マックス兄ちゃん。
「……あんた、いつからいたの?」
「姉さんと一緒に入ってきた」
 相変わらず存在感がない。それにしても、なによ3人して。可愛い妹をそこまでけなすこともないじゃないの。
「おや、アニー。どうしたんだ、こんなに朝早くから?」
「どこか、体の具合でも悪いの?」
「…………」
 そう言いながら入ってきたのは、パパとママ。お姉ちゃんとマーク兄ちゃんは思い切り吹き出している。マックス兄ちゃんは黙々と自分の朝食だけを準備中。
 ん〜……もう!!
 
「おはようございまーす!」
 せっかくいい気分で起きたのに、誰かさんたちのせいでむっつり気分で朝ごはんを食べていた時、玄関から聞き慣れた声がした。
 こ、この声は! やたらと明るくて、礼儀正しくて、とっても可愛いこの声はっ!!
「おはよう、アニー。あ、元気そう。よかったぁ」
 玄関まで走っていった私をそんな優しい言葉と堪らなく可愛い笑顔で迎えてくれたのは、そう。
「トールぅ〜! どうしたの?」
 う、嬉しすぎるわ。顔がにやけちゃう。
「昨日、気分が悪くなって帰っちゃったでしょ、今日は大丈夫なのかなって思って」
 気分? ああ、きっと誰かがそう言っておいてくれたのね。
「ええ、もう平気よ」
 さっきまで最悪だったけど、トールに会っちゃったんだもの!
「良かった。アニーは、まだ学校に行く支度はしてないの? だったらぼく、先に学校に行ってるけど」
「ううん、もう行かれるわ! ちょっと待ってて、すぐにカバン持ってくるから」
 きゃ〜ぁ、私ってば幸せもの! 日直でもない日に、トールのお迎えで一緒に学校に行けるなんて。
「お待たせ、行きま──」
 急いで玄関まで戻ってきた私は、思わず絶句。
「……トール。なに、そのお鍋」
「……わかんない。マークさんが、命が惜しけりゃ持っていけって」
 あんの、馬鹿兄貴!!
 
「いーい、トール。なんでも信じてばっかりじゃ、将来ろくなことにならないの、しっかりと自分を持ちなさいよ。特にうちのお兄ちゃんの言葉なんか信じちゃだめ。今までそれでいいことがあった?」
 トールは、馬鹿が付くくらいの正直者でお人好し。それはいいところでもあるけれど、トールの唯一の欠点にもなっている。
「うーん……でも、マークさんは、そんなにひどい人じゃないと思うんだけどなぁ」
 ほら、こうやってすぐに洗脳されていくんだから。
「トールは何にも知らないのよ、マーク兄ちゃんの本性を。ああゆう軽そうな人間に近づかれたときは、絶対に警戒しなきゃいけないの。わかった?」
「え、軽い?」
 トールはびっくりした顔で、私のことを見た。
「かっるいわよー。シャボン玉より軽いわ」
「うそだぁ。うちのお父さんよりは軽いかもしれないけど」
 私の言葉に、トールは信じられないという顔でそう言った。
「おじ様と比べたら、誰でも軽い男よ」
 おじ様、つまりトールのお父様は、めっちゃくちゃカッコ良くて、とっても優しくって、頼り甲斐のある素敵なお方。うちのマーク兄ちゃんなんかとは比べることすら失礼なくらいの人。トールも、将来はおじ様みたいな素敵な男性になるのよねぇ〜。
「でも、ぼくたちより全然大きな身体してるじゃない」
 はぁっ!?
「あ、あのねぇ。別に、体重の話をしてるわけじゃないのよ私は」
「え、違うの?」
 せっかくのうっとり気分を台無しにしてくれちゃって、トールってば。まあ、そのお茶目さが、またいいんだけどね。
 そんな感じで、トールと2人っきりで楽しく登校。そして校門を通り過ぎたときにやたらと明るい声が近づいてきた。
「おっはよー!」
 この声は、と振り向いた瞬間、バッチーン!! と大きな音が響いた。
「いっ痛ぁ〜!」
 トールの悲鳴に近い声が上がる。見ると、トールが頭を抑えてうずくまっていた。
「ちょ、ちょっとリディア。私のトールに何てことするのよ!!」
「あーら、ごめんね。肩を叩くつもりだったんだけど、背があまりに低いもんだから頭に手が行っちゃったわ」
 はっはっは、とリディアが笑う。思いっきりわざとらしい。
「リディアぁ?」
 恨めしげにトールはリディアを見つめた。あ、目に涙が浮かんでる、痛そぉ〜。
「酷いじゃないのよ、トールに謝りなさい!」
 リディアは私の方をチラッと見ると、すぐにトールを睨み返した。
「いいのよ、これくらい。トール、昨日の約束はどうしたのよ!」
「やくそくぅ!?」
 約束ですってぇ!? この2人は、またしても私に分からない会話を!!
「や、やくそく? ぼく、リディアと約束なんてした?」
 あら? トールも分かってないみたい。
「……パパに聞いたのよ」
「叔父さんに? ……何を?」
 リディアのただならぬ気迫に、トールはおびえてる。いったい何かしら、もしかしたらトールの重大な秘密か何かがあるの?
「昨日、伯父さんとご飯を食べに行ったんですってねぇ?」
 ……は?
「へ? あ、い、行ったけど、夕ご飯を食べに。でも、それが?」
「昨日、約束したわよねえ。楽しいことがあるときは、必ずあたしにも教えるって」
「だ、だって……ただ、ご飯を食べに行っただけだよ?」
「嘘おっしゃい!!」
 リディアが思いっきり叫んだ。ちょっと、耳元でそんな大声出さないでよ、鼓膜が破れちゃうじゃない。
「テラスを貸しきって、みんなでどんちゃん騒ぎしてたんでしょ!? こっちには、ちゃんと証人がいるのよ!!」
「べ、別に貸しきってたわけじゃないよ。勝手にみんなが押しかけてきたってだけで──」
「問答無用!!」
「ち、違うったらぁっ」
「こらーっ! 逃げるんじゃないの!!」
 そのまま2人は、校舎の中に駆け込んでいってしまった。私は、ぽつんと1人でしばらく馬鹿みたいに突っ立っていた。
 でも、何でリディアがそんなこと知ってるのかしら。証人って、リディアのところの両親も食べに行ってたってこと? でも、パパたちは見かけなかったって……。
「ああ〜!?」
 リディアのお父さんて、そういえばコックさんだったんだわ。
「そっかぁ」
 『黄金のカエル亭』で働いてたんだ。
「ってことは……」
 リディアはもしかして、あのお店のことに詳しいのかしら。ってことは、亜麻色の髪の女のことも知ってるってことよね。
「そうよ!!」
 きっとそうだわ。
「早速、情報収集をしなくっちゃ!」
 私は、あわてて2人の後を追った。
 
 *余談だが、他の登校してきた生徒たちが、遠巻きにアニーのことを怪しいものでも見るような目つきで見つめていたのは、言うまでもないことである。
 
 教室に入ると、トールは自分の机で伏せていた。グッチが、その頭をつついている。私はトールに駆け寄りたい気持ちを抑えてリディアの机に向かった。
「ねえ、リディア。ちょっと話があるんだけど」
「なーに? トールのことなら、べつにあなたが心配するほど酷いことはしてないわよ」
 リディアは私の方を見ようともしないで、そう言った。よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなこと言うわよねぇ。でも、今はそんなことに突っ込んでいる場合じゃない。
「そういうことじゃなくて、ほかの事なの」
「ほかのこと?」
 リディアが怪訝な顔で、私の方を見た。
「ちょっと、教えてほしいことがあるのよ」
「教える? あたしが? あなたに?」
 リディアは、ますます変な顔で私を見つめた。
「そう、重大なことなのよ」