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「おーわーり、と」
「なんだそりゃ? 作文?」
風呂から上がってきた兄ちゃんが、おれの机をのぞきこんできた。
「今度の授業参観で読むんだ」
「授業参観って、今月末だろ?」
「今日からの宿題」
「へー、それを今日中に仕上げたのか。珍しいこともあるもんだな」
そう言って、運んできた水を一気飲みする。それから、ドンとおれの机に何かを置いた。
「ほら、食え」
兄ちゃんが置いたのは、サンドイッチののっかった皿だった。
「これ?」
「ばーちゃんからの差し入れ。晩飯食いっぱぐれたろ? だからだと」
おれもトールの家とおんなじで、母ちゃんに思いっきり怒られて、晩飯抜きの刑にされていた。
「ばーちゃんが」
「ちゃんと、明日お礼言っとくんだぞ」
大あくびをしながら兄ちゃんが言った。
「じゃ、俺はもう寝るから。ちゃんと歯ぁ磨いてから寝ろよ」
「あ、なあ、兄ちゃん」
「……んぁ?」
ベッドにもぐり込もうとしてた兄ちゃんが振り返る。
「何で、兄ちゃんは家を継ごうって思ったんだ? カイゼルの大学だって受かってたんだろ?」
カイゼルっていうのは、この街から駅馬車で半月はかかる東の国境の街。芸術の街って評判で、大学も美術や音楽に関しては国一番といわれてる。
兄ちゃんは、実はすごく絵がうまい。みんなに内緒で勝手に大学を受けていて、合格通知が来たときには父ちゃんたちと大喧嘩をしながら、通うか、通わないかでもめていた。
おれは、てっきり兄ちゃんは大学に行きたがってると思ってたんだけど。
「んー……なんつうか、先生に言われて試験を受けてみただけってんで、大学に行っても何がしたいってのは、特別なかったんだよな。そんな時に一緒に働いてる親父達の背中を見てたらさ、なんか……こう、傍にいてやろうかなってか、なんか、一緒に働いてみたいかなって、まあ、そんなとこだな。そうすると、修行をすんのは一年でも早いほうがいいし」
指でほっぺたを書きながら、兄ちゃんは考え込むようにそんなふうに言った。
「一緒に、かあ」
「まあ何はともあれ、家は俺に任せとけ。お前は冒険者なり何なり、好きにすりゃいい。俺に迷惑さえかけなきゃ、どうでもいいぞ」
兄ちゃんはそう言ってベッドに寝転がった。最後の一言は照れ隠しだ。ちょこっと耳が赤くなってる。
「兄ちゃんって、時々すっげーまじめなこと言うよなぁ」
おれが思わず感心すると、兄ちゃんはニヤッと笑っておれを見た。
「俺はお前と違って大人だからな、いつまでもバカみたいに遊び惚けてられないんだよ」
あ、やっぱりすっげー偉そう。おれが膨れると、兄ちゃんは笑いをこらえるようにしながら毛布をかぶった。
「もう宿題も終わったんなら、それ食ってさっさと寝ろよ。寝坊しても知らねえぞ」
「するかよ、寝坊なんか」
「ちゃんと、明日の時間割は揃えてから寝るんだぞ」
「分かってるよ」
「ちゃんと、歯ぁ磨いてから寝ろよ」
「さっきも聞いた」
「便所も行けよ、おねしょなんかするなよ」
「なんだよそれ、おれは赤ん坊じゃないんだからな!」
思わず大声を出すと、兄ちゃんは面白がるように片手をあげた。
「もう寝るから、大声で騒ぐな。お休み!」
兄ちゃんはそれっきり何にも言わなかったけど、しばらくの間、兄ちゃんのかぶった毛布は震えてた。
おれはそれを見ながら、サンドイッチをほおばる。
「あ……うっめぇ」
それは大好物のたまごサンドだった。一口食べるごとになぜか腹が減って、おれは何にも言わずにむしゃむしゃ食べた。
全部平らげて気がつくと、兄ちゃんは毛布をけっとばして、幸せそうな顔をして寝ていた。毎日、修行が大変なのか、すっかり寝る時間が早くなってる。朝起きるのも、すごく早いけど。
「……一緒に、かぁ」
兄ちゃんの寝顔を見ながら呟いた。
つい最近まで兄ちゃんは、「鍛冶屋の仕事なんか死んでもするか!」なんて言ってた。店の手伝いだって、いっつもおれに押し付けて、自分は友達と遊んでばっかりだった。それが今じゃ、じいちゃんに怒鳴られて、父ちゃんに怒鳴られて、それでもちゃんと鍛冶の勉強をしてる。
「変わるもんだよなぁ」
さっき書き終わった作文を見ながら、おれはしばらく考えた。何だかこの一日で、おれも少し考えが変わったような気がする。
「う〜ん……」
この作文を、もう少し書き直そうかどうか迷ったけど、おれはそのまま作文をたたんでカバンの中に放り込んだ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ぼくは、家をつがないです。それは、ぼく はしょうらい冒険者になるからです。 冒険者になって、たくさんのたから物を見 つけて、お金をたくさんためたら、ぼくは、 自分の家を大きくしたいです。 母ちゃんたちに、いろんなものをかってあ げたいです。 そして、父ちゃんたちに、ぼくのかっこい い剣を作ってもらいたいです。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
おわり