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「まったく。あんたって子は、こんなに遅くなるまで遊びまわって家族に心配かけるだけじゃなく、教会にまで迷惑かけて、恥ずかしいと思わないの!?」
「まあ、いいじゃないかアンナ。アニーだって、ちゃんと反省しているよ」
さすがはアニーが恐れるだけある姉ちゃんだな、迫力が違う。止めに入ったアニーの親父さんも恐る恐るって感じだ。
「でも、本当に無事で良かったわ。アニーは可愛いから、変なおじさんに目をつけられたんじゃないかって、とっても心配してたのよ」
ハンカチで涙をぬぐいながら、おばさんはアニーのことを抱きしめてる。
「ママ……く、苦しいよぉ」
じたばたとアニーは暴れているけど、表情はまんざらでもなさそうだ。
「とにかく、我々はこれで失礼いたします。大司教様、この度は本当にどうもお世話になりました。これからも、どうぞお付き合いの程よろしくお願いいたします」
ペコペコと頭を下げながら、きっちりお店のアピールも忘れない、さすがは大商店の主だなぁ。
「なぁ、ところでよぉ。何でオレ達まで付いて来なきゃいけなかったんだ?」
「家族行事の一環だよ」
「マックス……お前って、我が弟ながら本当に変わってるよな」
「そうかな」
そうして、シルフィア一家は家に帰って行った。
◇ ◇ ◇
「もう、こんな時間まで何してたのよ。図書館に行くって出て行ったきりちっとも帰ってこないんだもの。どれだけ心配したと思ってるの!」
トールと、おじさんの想像通りの言葉で怒ったのは、トールのお袋さん。はぁ〜、よく分かってるんだなぁ。
「ごめんなさい、おかあさん」
「世の中にはね、謝って済む事と済まない事があるのよ」
「これは、謝りゃ済むことだろ?」
「済まないわよ!!」
おじさんの言葉にものすごい勢いでかみつくおばさん。なんだかそこに、トールとアニーが重なって見えるのは、たぶん気のせいじゃない。血は争えないって、本当だな。
「大体ね、あなたもトールのこと一人留守番に残して勝手に家を出て行くなんて、何考えてるのよ!」
「そりゃ、仕事が──」
「買い物から帰ったらトールが一人で家にいるし、夕食の時間になってもトールは帰ってこないし、相談しようとお城に行ってもあなたはいないっていうし、それでここに来てみたら、何であなたがいるのよ!!」
「そりゃ、偶然──」
「あなたが甘やかすから、トールもあなたみたいにフラフラするのよ。もっとけじめをつける所は、きちっとつけなくちゃいけないの! 二人とも、今日の夕食は抜き!!」
おじさんのいい分はこれっぽっちも聞かないで言いたいことだけ言うと、おばさんは二人を残したまま大司教様にお辞儀をして部屋を出て行こうとする。
「ミリアちゃ〜ん、デュークさんは、とってもおなかが減っているんだけどなぁ」
「あの……ぼくも」
おじさんと、おじさんに抱えられたトールが、甘えるような声を出した。
「それくらいは当然の罰よ。マリー、今日のご飯はお母さんと二人で、ぜーんぶ食べちゃいましょうね」
けど、おばさんは二人を見ないで、腕の中で寝てるトールの小さな妹に話しかけた。
「そんなに食うと、豚になるぞ」
「うるさいわよ!!」
ところでトールの妹、耳元であんな大声出されてるのに、よくもまぁ、あんなにぐっすり寝てられるな。誰に似てるんだろう?
結局そのまま、おばさんはさっさと出て行ってしまって、取り残されたトールとおじさんは二人で顔を見合わせた。
「何か、買って帰ったほうがいいかな」
「多分。でも、取り上げられちゃうかも」
「むぅ、ありうるなぁ……」
そう言ってため息をつきながら、肩を落として出て行く二人──あちゃぁ、本当にトールの将来が見えた気がする。
◇ ◇ ◇
「え、パパ。どうして?」
リディアが信じられないっといった顔で、自分の親父さんを見つめている。
「迎えに来たらいけなかったのか?」
「ううん。でも、だって、仕事……」
「六時を過ぎても帰ってこないって、セリーヌから連絡があったんだよ。仕事はいくらでも代わりがいるから大丈夫だ。子供の代わりは、いないけどね」
今まで一度も会ったことがなかったけど、さりげなく核心をついて叱るっていうのは、トールの親父さんと同じだ。さすがは兄弟、顔は全然似てない気がするけど。
「……ごめんなさい、心配かけた」
しょぼんと少し肩をすくめて、いつものリディアからは想像もつかないくらいに素直に頭を下げる。親父さんの前だからなのか、おじさんの説教のせいなのかは分からない。
「子供の心配をするのも、親の務めだよ」
リディアのほっぺたを両手で挟んで上を向かせて、そっと笑いかける親父さん。リディアはちょっと目を潤ませて、顔を真っ赤にした。
なんだ? なんなんだ、この妙にフンワカした雰囲気は?
「帰ろう、みんな家で待ってる」
親父さんがそう言って、さりげなくそっと手を差し出したりして。
「うん」
リディアもそれをきゅっと握ったりして。くぁ〜、なんかいいじゃねえかよぉ。
リディアは、真っ赤になったまま、照れくさそうにおれに手を振って出て行った。
想像したこともなかったそんなリディアを見て、「いつもこうだったら可愛いかもしんない」とか、柄にもなく思ってしまう。
でも、やっぱりいつもこんなリディアっていうのは、想像するとかなり怖いかもしれない。
トールたちに話しても、きっと信じてもらえないんだろうなぁ……そんな風に思いながら、おれはそのまま部屋を出て行った二人をしばらく見送った。
にしてもリディアの親父さん、さっきのちょっとした仕草とか、歩ってるうしろ姿とか──かっこよすぎだぞ。
◇ ◇ ◇
おれを迎えに来たのは父ちゃんだった。
父ちゃんは「どうもありがとうございました」と大司教様に頭を下げて、おれに「帰るぞ」と言って、そのまま教会から出て行った。
おれも慌てて父ちゃんの後を追いかけて、それから五分、まだ何にも言ってこない。
「あの……父ちゃん?」
何となく不安になって、父ちゃんに声をかけてみる。父ちゃんは立ち止まっておれのほうを振り向いた。けど、やっぱり何にも言わない。
「あの……ごめん、なさい」
なんか、父ちゃんの顔をみるのが怖くて、おれはうつむいたまま謝った。
それなのに、父ちゃんはなにも言わなくて、でもじっとこっちを見てるのは分かって、おれはどうしたらいいのか分からなくなってきた。
どれくらいそうしてたのかは分からない。ぎゅっと握ってた手のひらが汗でビショビショになってちょっと気持ち悪いなって感じた頃に、ぽんぽんと頭を軽く叩かれた。
「昔は父ちゃんもいろんな心配かけてじいちゃんに怒られた、お前みたいに素直に謝ったりはしなかったけどな。おかげで一ヶ月近く、口をきいてもらえなかった事がある」
「へ?」
おれが顔を上げると、父ちゃんはニッと笑った。
「帰ったら覚悟しとけよ。母ちゃんたちがカンカンだからな」
そう言って、おれの肩に手を置いて父ちゃんは歩き出した。その手はとっても大きくて、鍛冶仕事のせいでゴツゴツしていた。
「父ちゃん、味方してくれるか?」
「父ちゃんが何か言ったところで、母ちゃんの怒りが解けるとは思わんからな。なんにも言わない」
「ひっで〜の」
「そういうのは自業自得って言うんだよ」
父ちゃんがそう言って笑った。おれも一緒になって笑う。笑いすぎたのかな、ちょっと涙が出たりした。