ぼくたちの小さな大冒険

「あんたたち、今日のお弁当は食べちゃダメよ」
 それは今日のお昼、楽しい楽しいお弁当の時間のこと。アニーが突然、ぼくとグッチのお弁当箱を取り上げてそういった。
「え、なんで?」
 ぼくは、アニーにそう聞いた。せっかくの楽しみを取り上げられたのに、強気に出られない自分がちょっと悲しい。
 ちなみにグッチは、嬉しそうに大きな口を開けて、フォークを右手に持ったまま、固まっている。「いただきます」の「ま」の時に取り上げられたから。
「ね、『黄金のカエル亭』って知ってる?」
「黄金のカエル亭?」
 ぼくの叔父さんがコックさんをやってるお店だ。おじさんはとっても料理が上手で、ぼくや従姉弟の誕生日なんかには、おいしい料理を作ってくれるんだ。でも、その半分以上は、たいていお父さんがものすごい勢いで食べちゃう。お父さんは、普段はぐてーっとだらだらしてるのに、ご飯の時だけは人が変わる。特に叔父さんが作った料理の時。
 まあ、それはどうでもいいんだけど。
「あ〜、トールってば、もしかして知らないの?」
 アニーが嬉しそうに笑って、ぼくの顔をのぞき込んできた。
「え、ぼくだって──」
「おれ知ってる。冒険者の店だ!」
 「知ってるよ」とぼくが言おうとしていたのを遮るように、グッチがそう言った。冒険っていう言葉に行き着いて、目がキラキラしてる。いつの間にショックから立ち直ったんだろう?

 冒険者の店って言うのは、旅人の中でも冒険者と呼ばれている人たちを相手にしている宿屋。一般の人はあんまり近寄らない。って言うか、ぼくの場合はお母さんに行ったらダメだって言われてる。
 叔父さんがコックさんをしてるのは、別棟の一般向けレストランなのに、連れて行ってもらったこともない。
 お父さんに言えば、多分連れて行ってもらえるんだろうけど、頼むのもなんだか悔しいから、そのまんま。だから、冒険者の店がどんな風になっているのかは知らない。
 でも、そもそもぼくには、冒険者が普通に旅をしている人と何が違うのかもよく分からないけどね。
 ん〜、何ていうのかな。分かるといえば分かるよ、色んな冒険の本を読んだこともあるし、お父さんの友達に冒険者を名乗っている人がいるから、その人に色んな話を聞いたりしてるし……でも、その人は、別に普段はお父さんとも全然変わらない人だから。本当にどこが違うのかは分からないんだ。

「そう! やっぱりグッチは知ってたか」
 多分、グッチや他のみんなが思ってる冒険者と、ぼくの思ってる冒険者は違うんだろうなぁ。
 嬉しそうにグッチに向かって頷いているアニーを見て、ぼくはぼんやりとそんな風に考えていた。
「で、トールは……やだ、もう。トールってばボーッとしちゃって、何にも分からないのね。しょうがないなぁ、それじゃあ教えてあげるわ」
 ぼくが考え込んでいたのを勘違いしたみたいで、得意気に人差し指を立てて、ウィンクしながらアニーが言った。
「冒険者の店って言うのは……冒険者のためのお店よ!」
「…………」
「…………」
「……で?」
 そこから言葉の続かないアニーを、ぼくは首を傾げて見上げた。そうすると、アニーは、コホンと咳払いをして、何事もなかったように話を続ける。
「たいていは、冒険者専用の酒場と宿屋を一緒にやってるのよ。後は、色んなものを売ってたり、冒険者向きの仕事を紹介したり、冒険で見つけた宝物を買い取ったり、お金を預かったり、お金を貸したり──」
 そのまま黙っていたらアニーは、延々といろんなことを教えてくれそうだけど、そんなに言われても覚えきれないよ。つまり、早い話が、
「何でも屋さんだね?」
「……まあ、そういっちゃ、そうかもね」
「中でも『黄金のカエル亭』は、世界中の冒険者が知ってるくらいの有名な店なんだぞ」
 アニーを押しのけて、グッチがぼくの前に身を乗り出してきた。きっと後が怖いよ、グッチ……。
「あそこの店を使えるのは、超一流の冒険者だけなんだ。そんで、そこの常連客には、なんと! なんとなんとぉっ!!」
「……なんと?」
「あの四英雄の一人『竜殺し』がいるんだぞ!!」
 グッチは、目に涙をためながら立ち上がって叫んだ。
 ぼくだって四英雄のことは知ってる。昔、世界を支配した魔王をやっつけたっていう勇者たちで──ゆ、勇者?
 それは……すごいかも!
「そ、そんなすごい人がいるの!?」
 ぼくも、思わず立ち上がって、目をキラキラさせてしまう。
 考えたこともなかった。こんな、近いところに伝説の勇者がいるなんて。
「おうよ!!」
 腕を組んでこっくりと力強く頷くグッチが、とってもまぶしい。
「というわけで、本題に入るんだけど……いい?」
 アニーのヒソヒソ声に、ぼくたちは何かとんでもないものを感じて、ゴクリと唾を飲み込むとゆっくりと頷いた。
「実は私、昨日その『黄金のカエル亭』に行って来たのよ」
「ええーっ!?」
「すっげえ!!」
「シッ、大きな声出さないの!」
 アニーはそう言うと、辺りを見回した。教室の友達が、ぼくたちのほうを気にしている様子はない。
 ほっと息をついて、ぼくたちを席に座らせると、アニーは一枚の紙切れを取り出した。
「家族でね、夕ご飯を食べに行ったのよ」
「そっか、あそこはレストランも一緒にやってるんだもんな」
「そう、街の中の高級レストランなんかより絶対いいわよ。ムードがあるし、料理の味なんて格別! トール、大きくなったら連れて行ってね」
「…………」
 ぼくは、笑ってみたけど、顔が少し引きつってしまったかもしれない。
「でも、今はそんなこと関係ないの。これ見て、これこれ」
 アニーは、一瞬むっとした顔をしたけれど、すぐに得意気な顔をして、さっきの紙を広げた。当然ぼくたちは、どれどれと覗き込む。
「なんだと思う?」
「……ちず?」
「……だろうな」
「そう。これがリーダイル、私たちの住んでるところで、少し離れたこれが『黄金のカエル亭』。そばに、この絵みたいな大きな木があったから間違いないわ」
 アニーは、地図に描かれた絵を指差しながらそう言う。そして、×印の上でその指を止めてぼくのほうを見た。
「それは?」
 ぼくが聞くと、アニーはにっこり笑うだけで教えてくれなかった。
 変わりに、グッチが顔を真っ赤にして震えている。
「それは……ま、まさか」
 かすれた声で呟くグッチに、アニーは勝ち誇ったように笑顔で頷いた。
「すっげえ……」
 グッチは、今にも倒れてしまいそうなくらいに、後ろにのけぞりながら驚いている。
 一体全体なんなんだろう? わけが分からないまま二人の事を見ていると、グッチがじれったそうにぼくの腕をつかんで言った。
「お宝だよ……お・た・か・ら!」
 おっ!?
「おたか──!?」
「バカッ! 大声を出さないのってば!」
「おたからって、もしかして、金銀財宝がザックザクって、あれ?」
 アニーに叩かれて、たんこぶが出来たんじゃないかと思う頭をさすりながら、今度はぼくは小さな声で聞いた。
「そう、きっとものすごい宝に違いないわ。もしかしたら、四英雄の宝かもしれないわよ。だって、なんて言ったって、これはあの『黄金のカエル亭』の前で拾ったんだから」
 アニーは、ぼくたちに向かって自信満々の顔でそう言った。
「そっか、そんでこの弁当を持って宝探しの冒険に行くってわけだ!」
「そういうこと! トールも行くでしょ?」
「あったりまえだよな、トール!」
「うん。もっちろん!!」
 ぼくは顔が熱くなるのを感じながら、力いっぱい頷いた。