おれと彼女と運命の出会い

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 ん……? そういえば、ちゃんとした自己紹介をしてなかったかな。
 おれの名前はグッチ・アーバン。オリア王国の首都、リーダイルで暮らしてる。リール小学校三年B組在籍。
 家は鍛冶屋。調理用のナイフとかを主に作ってるけど城に納める剣の類も作る。
 家族は、じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、おれ、弟、妹の八人家族。そのほかに、じいちゃん達の弟子が三人いて、家には十一人が住んでる。大所帯のうえに、作業場に家の半分近くを占領されていて、家はものすごく狭い。
 だから将来は家の仕事は継がないで、冒険者になろうと思ってる。冒険者になって、広い世界を大冒険して、みんなに勇者様と呼ばれて、ものすごい財宝を見つけて、その金でうちとは比べ物にならないくらいのでっかい家を建てて、美人の嫁さんをもらって、のんびりと暮らすんだ!
 そんで、おれの横をちまちまと歩いてるのがトール・ハーマン。背が小さくて、八歳なのにうちの六歳の弟と変わらないくらいの背丈だ。
 トールとは保育所にいるころからの付き合いで、ツーといえばカーってなくらいの仲。
 家は城下街という一般居住区では超がつくくらいの高級住宅地の、城が目と鼻の先という一等地。うちの倍はあるんじゃないのかってくらいの大きい家に住んでる。しかも家族は四人、もったいないったらありゃしない。
 親父さんは城勤めで、イメージ的にはとってもおカタイ家のような気もするけど、とんでもなく庶民くさい一家で、トールの大好物は、なんと魚の干物。
 とにかく、素直な可愛い奴で、おれの弟もトールみたいならよかったのにとよく思う。

「ねえ、グッチはもう作文書いたの?」
「まっさか、おれが書くわけないじゃんか。トールは書いたのか?」
「ううん。まだ」
「へえ? めずらしい」
 トールなら帰ってさっさと書き上げたんだと思ったのに。
「お父さんがどんな仕事してるのかって聞きたかったんだけど、急にお城の人が来て、お父さんのことを引きずって行っちゃったんだ。だから夜までおあずけ」
「ふーん」
 おれなんて、授業参観が過ぎるまでおあずけだけどな。
「あのね、すごいんだよ。お父さん、本当に引きずられて行ったんだ。二人の人が来たんだけどね、「おれは行かないっ!」ってソファーで抵抗してたら、そのうちの一人の人に「わがまま言うな!!」って頭叩かれて怒られて、ソファーから落っことされて、もう一人の人に引きずられて行ったんだ」
 それはまた……。
「すんげえな」
 でも、そう言われてもぜんぜん想像が出来ないなぁ。
「親父さんて、そんな風には見えないけどなぁ」
 トールの親父さんは、おれの父ちゃんとは見た目からして正反対のスマートな二枚目って感じの人だけど。
「んー……でも、毎日そんな感じかな。お母さんにも怒られてばっかりだし」
 そんなもんなのか?
「うちの父ちゃんと、変わらねえのか」
「グッチのうちも? お父さんが、どこのうちも変わらないんだぞって言ってたけど」
「ああ。じいちゃんだって、いつも威張ってるけど、結局ばあちゃんには頭が上がらないし」
「ぼくたちも……いつかそうなっちゃうのかなぁ?」
「う〜ん──」
 トールの言葉に思わず唸った。きっぱりと否定が出来ない。だって親だけじゃなく、おれの場合はじいちゃんまでがそうだもんな。……でも、待てよ。
「今でもおれたちって、実はそうなんじゃないのか?」
 アニーにしろ、リディアにしろ、いつもおれたちに命令ばっかりしてくるし。
「あ、そうかも……」
 トールがしょんぼりした顔でそう言った。思い当たるフシはきっとおれよりも多いんだろう。にしても、そんな情けない声出すなよトール。こっちまでなんか情けなくなるじゃないか。
「なんか、ぼく、将来が見えちゃった気がする」
 おいおいっ! いつものトールじゃないぞ、かなり重症だ。
「何を今からそんなに暗い顔してるんだよ、自分の将来は自分で作るんだ。嫁さんだって、自分で決めるんだ。気持ちの優しい、イイ子を見つければ良いだけの事じゃないか」
「そんなこと言ったってさ」
「おれたちは、そういう事ならすっごい恵まれてるんだぞ、絶対に選んじゃいけない見本が周りにたくさんいるんだから」
 自分で言ってて、おれは思わず感動してしまった。すごく良い言葉だぞ、これは!
「……そっか、そうかもね」
「だろう?」
 ほら、トールも表情が明るくなった。くあぁっ! おれってばスゴイねぇ。
「うん、そうだ! グッチすごいねぇ、そうだよ!」
 トールが目をキラキラさせておれを見ていた。そうさ、おれはスゴイ奴!!
「おうよっ! 未来はおれたちに幸せになれって言ってくれてんのさ。だから、この手でバッチリつかまなくっちゃなぁ!」
「うんっ、うん!」
「それならおまかせっ! トールの幸せは、私がバッチリ作ってあげる」
 せっかく二人で盛り上がっていたところで、そんな声が後ろからした。
 こ、この聞き覚えのある声は……。
 おれの背筋にツウッと冷たいものが流れた。横目でトールの様子を見ると、トールはおれのほうを見上げたまま、それこそ文字通りに固まっていた。
「あら、何を二人して固まってんの?」
 もう一つそこに別の声がした。ダブルパンチだ、おれは今すぐにでもここから逃げ出したかった。けどそれは無理。トールはもうしっかりと腕をつかまれてるし、おれも服の裾を握られている。
「や、やあ。アニーにリディア、こんなところで何してるの?」
 トールがうわずった声で、白々しいあいさつをした。
「それはこっちのセリフでしょ。あなた達こそ、こんなところでパフォーマンスでもしてるの?」
 リディアが呆れた顔をしてそんな風に言った。くっそぉー、思いっきり馬鹿にしてるだろ。悔しさのあまりに胃がキリキリ痛む。
「何がパフォーマンスだ、おれたちはお前たちには分からない素晴らしい未来について語り合っていたんだぞ!」って、大声で叫べれば、こんな苦労はしないでいいんだろうけどな。

 この二人は、クラスの番長アニー・シルフィアと、最強の学級委員長リディア・ハーマンだ。
 アニーはシルフィア商店って言う結構でかいお店の子供で、いわゆる金持ちのお嬢の部類に入るんだろうけど、まあとにかく乱暴者だし口は悪いし、トールとは違う意味で、家と住人が合っていないっていう見本だ。
 将来は、トールの嫁さんになるんだって断言していて、トールの将来の展望を暗くしている原因の一つだ。
 そんでもってリディアのほうは、トールと同じハーマンて名前でもわかるように、トールの従姉だ。顔は確かに似てるんだけど、性格のほうはまるでトールと正反対。性格だけは、アニーと姉妹と言ってもいい気がする。
 トールとは従姉弟という縁が切れることがないもんだから、いつまでも親戚付き合いをしなきゃいけないっていう、トールの将来の展望を暗くするもう一つの原因でもある。

 ……ってな話は置いといて。

「こんなところって……あ、本当だ。もうこんなところまで来てたんだね」
 トールがそう言いながら辺りを見回した。
 ここは城下街の大劇場前の広場、ここから王城に向かって、その名のとおりの王城通りを歩いていけば、トールのでっかい家が見えてくる。話に夢中になっててこんな所まで歩いて来てたとは気がつかなかった。
「私たちが呼んでるのに、二人ってば無視してズンズン行っちゃうんだもん。何の話してたのよ?」
 アニーの少しすねたような声に、おれたちの動きは再び止まった。
「何の……って、それは、まあ、いろいろと。なあ、トール?」
 けど、トールはおれの呼びかけには答えないで、ぜんぜん違う言葉をきょとんとした顔で口にした。
「え? なんだ、二人とも聞いてなかったの?」
「だって、二人が立ち止まったから追いついたんだもん。さっきのグッチのバカでかい叫び声しか聞いてないわよ」
 何だって……? 聞いてたわけじゃなかったのか。おれはほっとして、
「あ〜、よかった」
 と、思わずつぶやいてしまった。
 そして、それを聞き逃さないのが、地獄耳のリディア。
「何が良かったの、グッチ?」
 まだまだ夏の名残のある蒸し暑いこの街で、北風よりも冷たい声がおれの後ろから流れて来た。
「な〜に、私たちに聞かれちゃまずいことなの!? トール、白状しなさい!!」
「グッチぃ……」
 アニーに抱きすくめられたトールの悲愴な声が聞こえる。すまん、トール。おれは、おれはぁ……!!
「まさかとは思うけど、一人で逃げ出そうなんて考えてるんじゃないでしょうねぇ、グッチ?」
 ぐっ……、先にクギをさされてしまった。
 さすがはリディア、だてに学級委員長をしてるわけじゃない。
「……グッチぃ?」
 トールの疑うような視線が……。
 アニーとリディアも冷ややかな目でおれを見ている。
「バ、ばっかだなあ。おれが親友のお前を見捨てて逃げるわけないだろ?」
 そうは言っても、この三人がそう簡単におれのことを信じるはずもない。
 どうやってこの場を切り抜けよう──そんなことを考えていたとき、おれはこっちを見ている人影に気がついた。
「あ……あれ、あいつ?」
 肩から提げた小さなバッグ、寒くもないのに羽織っている少し大きめのジャケット、そして、あの目深にかぶった帽子。
「あいつだ!」
 店に買い物に来た、怪しい臭いをプンプンさせていた、あいつだ! 間違いない!
「え? だれ?」
「なによぉ?」
「そんなんで、あたし達のことをごまかせるとでも思ってるの?」
 そう言いながら、三人がおれの見ていたほうに視線を向ける。それに気付いたのか、そいつは突然駆け出した。
「あ、逃げた!」
 おれも急いで後を追うべく走り出す……ことが出来なかった。リディアがしっかりと、おれの首根っこをつかんでいたから。
「離してくれよ、見失っちまうだろ!」
「どういうことか、分かる様にきちんと話してくれなきゃ離さないわよ」
「ああ、もう!」
 おれは簡単にそれまでの話をした。いかにも怪しそうなあいつの風貌、雰囲気、そして店で小剣を買っていったこと。
「……だから、おれは店番をすっぽかして、あいつの後を追ってきたんだ」
「何だ、ぼくと遊ぶためじゃなかったの?」
 トールがつまらなそうな声で言ったけど、今はそれどころじゃない。
「まあ、いいじゃないの。面白そうだわ、後を追いかけましょう!」
「さんせーい!!」
 リディアのかけ声とともに、おれたちはあいつの逃げて行った方へと駆け出した。