おれと彼女と運命の出会い

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5

(食堂は反対側だけど、なるべく音は立てないように、慎重にね)
 ジェシカの声に、おれたちは緊張の面持ちで頷く。いよいよ教会の中に潜入だ。
(特にグッチ、あなたは肝心なところでくしゃみとかしそうだから気をつけるのよ)
「どういう……」
(シーッ! し〜ず〜か〜にって、今リディアが言ったばっかりでしょ!)
 思いっきり、アニーに頭を殴られた。何だよ、ほんのちょこっと声を出しただけじゃねえか。きっとおれの声より、アニーがおれの頭を殴った音のほうがでかかったぞ。
(グッチ、だいじょうぶ?)
(ああ、何とか)
(ほら、トール。行くわよ)
 トールは相変わらず、アニーに手をしっかりと握られてる。う〜ん。その背中……哀愁ってやつが漂ってるなぁ。
(はやくー! こっちよ、こっち)
 彫像の陰からリディアが手招きをしている。ジェシカは剣を取り出して、縄を切ろうとしているところだった。おれたちも忍び足でそこまで駆け寄った。
(切れそうか?)
(ん……思ったより、結構頑丈なのよ)
 歯を食いしばりながら、懸命にジェシカが縄に切れ目を入れようとするけれど、どうも上手くいかないみたいだ。
(あ、そうだ)
 おれもポケットにナイフが入ってたんだ。
 ジェシカが上から、おれはその下から縄に切れ目を入れていく。
(やるじゃない、グッチ。えっら〜い!)
(本当に。ナイフを持ってきてるなんて、グッチにしては珍しく良い判断だわ)
(んふふふふ〜)
 アニーやリディアに褒められるってのは、なかなか良い気持ちだ。
 けど、縄は本当に頑丈で、気持ちよくスパーンと切れないのがもどかしい。五分、十分……時間が過ぎて、汗と少しずつ切れる縄の切り屑が床に落ちていく。
(本当に、何なんだよ。この縄は)
 見掛けはすごく細いのに、思わず愚痴をこぼしたくなるほど頑丈な縄だ。シャレじゃないけど、一筋縄で行かない相手だぞ。
(ほら、がんばって!)
(もう少しよ、もう少し!)
 応援の二人はそう言いながらおれたちの肩を叩く。あ、そこ……気持ちイイぃ〜。
(ねえ……何か、聞こえるよ?)
 トールのその声に、おれたちの動きは止まった。耳を澄ましてみると、確かに誰かの話し声のようなものが聞こえる。しかも、どんどんこっちに近づいてくるような気もしないではないんだけど──
(きっと見回りだわ)
 ジェシカの少し焦った声が聞こえる。絶体絶命の大ピンチってやつか!? その時、
(切れた!!)
 まさに大ラッキー、縄が切れた!! 一箇所切れればこっちのもの。あわててその縄をはずして、板を踏み倒して穴から抜け出した。
(ほら、早く早く!)
 ジェシカ、アニー、トール、リディア、おれの順番で外に出たあと、リディアがその板を立て直す。
 しばらく待っていると、話し声は聞き取れるくらいに大きくなって、それからまた遠ざかっていった。おれたちは硬直しきって動くことも出来ない。
「……行ったわ」
 隙間からのぞきこんでいたリディアの一言で、体中からどっと汗が噴き出して来た。それと一緒に力も全部抜けた感じがする。
「な、なかなかスリリングだったな」
「し、心臓に悪いよ。ものすごいドキドキしてる」
 トールの言うとおり、おれの心臓もバクバクいってるのが分かる。顔はカッカと熱くて、きっと耳まで真っ赤だろうけど、辺りはだいぶ暗くなってきてるからどんなだかは見えない。
「私も。体中がめちゃくちゃ熱いわ、ほら」
 隣にいたアニーがおれの手を握ってきた。でも、おれも熱いからよく分からない。
「でも、まあ。難関は突破したんだからいいじゃない。早く先に進みましょ」
 おれたちは興奮冷めやらないって感じなのに、リディアはいたって冷静な口調だ。何でそんなに落ち着いてられるんだ? 心臓のつくりもおれたちとは違うのか?
(リディアもドキドキしてるよ、だからいつもより早口だったでしょ?)
 おれが腑に落ちない顔でリディアの後ろを歩いていると、トールが近寄ってきて小声でそう言った。
「……へ?」
 何で分かったんだ? おれがトールを見下ろすと、トールはにこにこ笑っていた。
「トール、私から離れちゃダメだってば」
「あ。う、うん」
 アニーに手を引かれながら、トールはトタトタと歩いて行く。
「……う〜ん」
 トールには不思議なところがある。いつもは、のほほんとして何にも考えてなさそうなのに、時々人の考えを見透かしたようにドキリとすることを言ったりする。
「トールって、面白い子よね」
「へっ?」
 また、おれの考えを見透かしたようなことを言ったのは、ジェシカだ。
「あの子って、学校でも人気あるでしょ?」
「なんか知らんけど、ファンクラブまであるぞ」
「だろうな。すごく似てるもの……惹きつける力を持っているのよね。ああいう人って」
 おれにはジェシカの言いたいことがさっぱり分からないけど、何となくジェシカの声は、何かに憧れるような、そんな感じがした。
「好きなのか、ジェシカも?」
「うーん……あんな弟がいたらいいなって感じかな」
 思わず、聞いてしまったおれの言葉には、ちょっと複雑そうな声で答える。
「少し、嫉妬もしてるけど」
「嫉妬? トールに?」
「うん」
 どういう意味だ? 全然わけが分からなくて、おれはジェシカを見上げた。けど、ジェシカのほうがおれよりずっと背が高いから、どんな顔をしてるのかは見えなかった。
 ジェシカはそのまま、何も言わなかった。おれはなんだか居心地が悪くなって、意味もなく脇にある茂みに足を突っ込んでは蹴り上げる。
 しばらくすると、ジェシカは小さなため息を吐いた。
「でも。グッチ」
 急に呼ばれてびっくりしながらジェシカを見上げると、ジェシカはドキッとするほど優しい顔でおれのほうを見ていた。おれは慌てて前を向く。
「ありがとうね。グッチのおかげでここまで来られたようなものよ。わたし一人だったら、きっと見つかっていたわ」
「そ、そんなことねーよ」
 クスクスとジェシカが笑っているのが聞こえる。さっきの顔のほてりが取れたばっかりなのに、また顔が熱くなってきた。
「ごめんなさい。もう少しだけ、わたしの我が儘に付き合ってね」
 ジェシカはそう言って、前の三人のほうに行ってしまった。
「…………」
 ジェシカも不思議なやつだ。何がなんだか分からない。
 今のおれも、なんか変なやつだ。いつものグッチ様が、どこに行っちゃったんだ?
「ホントに変だ」
 モヤモヤして、何か面白くない。いや、面白いんだけど……ん〜っ、わからん!!
「気合い、いっぱ〜つっっ!!」
 おれは叫んで両手で顔を叩いた。
(バカッ! 誰かに聞こえてたらどうすんのよ!!)
 どっかからわいて出てきたアニーに、頭を思いっきり殴られた。