*ウィンドウ内のどこでもダブルクリックすると、そこにメニューが移動します。
すっかり日も暮れて、辺りは本当に真っ暗になってきた。時々風が吹いてきて、周りの木々がザワザワと騒ぐ。
「すっかり肝だめしね。ちょっと季節外れだけど」
嬉しそうに言うリディア。
「ぼく、帰りたい」
泣きそうな声で呟くトール。
「元気出しなさいよ。ほら、お菓子上げるから」
元々はトールがもらってきたお菓子を、さも自分の物って感じで渡してるみたいなアニー。
暗くて、ほとんど周りが見えない。ただ、声と影だけがみんなの居場所を感じ取る手がかりになってる状態だ。
「それにしても、墓地ってこんなに広かったのね。うちのお墓は入り口の近くにあるから全然知らなかった」
雑木林を抜けてから、もう十分は歩いてる。暗くて、歩く早さが極端に遅くなってるって言うのはあるけど、それにしても結構な距離を歩いてるぞ。おれの家から、トールの家へ行く道と同じくらいはある。と思う。
「こんなことになるなら、お店からカンテラを拝借して来れば良かったわね」
前にアニーとトールと三人で冒険に出たときは、アニーがしっかりとそういった物を用意していた。
「しょうがないじゃない、無いものは無いのよ。けど、確かに明かりは欲しいわよね。足元が見えないのはやっぱり辛いわ」
「でも、こんな所で急に明かりが出てきたら、ぼく、すごくいやだ」
リディアの言葉に、トールがおびえながらそう応えた途端、先の方でぼう、と小さな明かりが点いた。
「ひっ──」
それ以上の声も無く、ガシッとトールがしがみついてくる。もう一人しがみついてるのは、アニーだな。おれは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ごめんなさい。わたしが点けたの」
申し訳なさそうなジェシカの声がした。
「なんだ、持ってたんじゃない」
「お、おどろかさないでよぉ!」
平然とした口調のリディアと、かすれた声のアニー。やっぱり、リディアはどうしたって驚いてるようには感じられないんだけどなぁ。
「なあ、トール。あれでもリディアはびびってんのか?」
「リディアは、これくらいで驚くような人間じゃないよ?」
おや? じゃあ、さっきのは何だったんだよ?
「さっきは、楽しくってドキドキしてたってこと」
「なーるほど」
そういうことか、そういやそうだよな。リディアに限ってそんな事があるはずが無い。
「で、目的地はどこなの? 持ってた灯りをいまさら点けるってことは」
おれとトールの頭を殴りつけた後、リディアはジェシカに聞いた。リディアはアニーと違って、何の前触れもなく暴力を振るうから始末が悪い。しかも、その後も何もなかったかのように話を続けるあたりがなお一層悪い。
「そう、ここよ」
ジェシカは、うずくまってるおれたちには気が付いてないみたいだ。じっと目の前を見つめたまま、リディアの問いかけにも呟くように答えただけだった。
「うわー、大きい門だね」
トールが感動した声を上げた。別にトールの背が小さいからとか、しゃがみこんだまま見上げてるからとか言うんじゃなくて、本当に大きい。立ち上がったおれの倍以上はあるような大きな門だ。
「こんなの、一度も見た事ねーや」
明かりが乏しいから全体は見えないけど、門に掘り込まれてる模様はとても細かくて綺麗だ。きっと昼間見たら、もっとすごいんだろうってのは想像がつく。けど、こんな立派な門は墓地には不釣合いな気がする。
「ごめんなさいリディア、ちょっとこのランプ、持っていてくれる?」
ジェシカはそう言って、バッグの中から小さな鍵を取り出すと、それで門の錠前を外した。
「グッチ、開けるのを手伝ってくれる? 手前に引くの」
ジェシカとせえので扉を引く。二人がかりでも結構重く感じたけど、鉄の扉は錆びてる様子もなく、いやな音ひとつ立てずに静かに開いた。
門の向こうへとみんなで移動すると、それにあわせてゆっくりと、どこからともなく柔らかい明かりが溢れ出した。
「うわー。すごいや」
トールの声が反響して聞こえる──ってことは、ここって室内なのか?
「ここもお墓なの?」
アニーの疑う気持ちがよく分かる。その先に広がってたのは、有名な絵描きさんが描いた絵をそのまま抜き取ったような、綺麗な庭園だった。それこそ夢の中の世界って感じだ。
「ええ、そうよ。でも普通はこんなに奥までは入ってこないわね、あなた達には関係のない場所だし」
ジェシカはそう言うと、一人で別の方向に歩いて行った。
「……どうする?」
アニーとトールは、ボーっとこの景色に見とれてるし、どうしたらいいか分からないから、とりあえずリディアに聞いてみる。
「行きましょうよ。もっと面白いことがありそうな気がするもの」
即答。というわけで、ぼけっとしてる二人を引っ張って、おれたちはジェシカの後を追った。
ジェシカが立っていたのは、一本のずんぐりむっくりとした木の前だった。
「これは……? あたし、こんなの見たことないけど」
「ソアティリームよ」
「そあてぃりいむ?」
今まで一度も聞いた事のない言葉に、おれたち四人は一斉に首を傾げた。
「天使の寝床という意味らしいわ」
「天使のねどこ?」
どう見たって、ごつごつした、それほど寝心地のいい木とは思えないけど。
「ほら、たくさん葉が茂っているでしょう? それに、この木の葉はとても柔らかいのよ。その柔らかいベッドの上で暖かい日の光を浴びて、精霊達と語らいながら天使はゆっくり休むと言われているの」
「へー、ロマンチックねぇ。一度見てみたいなぁ〜……」
アニーはこの手の話にめっぽう弱い。だから、綺麗な花嫁衣裳に身を包んだ自分なんてのが想像出来るんだろうけどさ。雰囲気で言えば、トールのほうが断然そう言う天使とかに似合うだろう。
「でもさあ、いくらあんなに葉っぱがあるっていったって、あの上に乗っかったら、絶対に落っこちちゃうんじゃない?」
見た目の雰囲気で言えばの話だ。あしからず。
「トールってば、分かってないんだから。天使なんだもの、そんなの関係あるわけないでしょ?」
「えー、なんで?」
「天使は空を自由に飛びまわれるんだもの、雲の上でだって眠れるのよ」
「えっ? 体重がないの?」
どういう発想の仕方なんだろうか、いまいちトールの頭の構造は分からない。
「で、この木に何の用があるの?」
下らない論争をしている二人はあっさり無視のリディア。この冷静さには畏れ入る。
「え? あ、ええ。この木に生っている実が欲しいの」
あっちの二人のほうを見ていたジェシカは、突然の質問にびっくりした顔をしてから、大きな木を見上げてそう答えた。けど、見えるのは葉っぱだけだ。
「実? ……実なんてどこにも見えねーぞ」
「ええ。でも、必ずどこかにあるはずなのよ。ソアティリームの実が絶えるっていう事はないの」
「けどさぁ」
「あるってジェシカが言うんだから、どこかにちゃんと実があるはずよ。とにかく探しましょ」
リディアはそう言うと、靴を脱いで裸足になって、木を登り始めた。
「まったく。わがままな上に強引だよなぁ」
さすがは学級委員長と言うべきか、それとも、だからこそ学級委員長になったのか。リディアとは三年で初めて同じクラスになったからそれより前のことは知らないけど、きっと今までもああいう性格だったんだろう。
「ごめんなさい」
おれの言葉を勘違いしたのか、ジェシカが頭を下げた。
「あ、ち、ちがう、違う。ジェシカじゃなくて、リディアの事を言ってんだよ」
「グッチ、下らないこと言ってないで、さっさと登ってきなさいよ」
殺気に満ちた声が上から降ってきた。
「はい、はい。ただ今すぐに登ってまいります!」
おれは慌てて靴を脱ぐと、木を登ってリディアのところまで追いついた。
「とにかく、下からずっと探して行きましょ。どんな実なの?」
登ってきたジェシカにリディアが声をかける。
「これくらいの、純白の実よ」
ジェシカは両手を合わせると、少し膨らませた。
「卵みたいな形してんのか?」
「そうなの、それと、とても甘酸っぱい香りがするから、近くにあればすぐに分かると思うわ」
「了解。それじゃあ、あたしはここからこの辺。グッチがその辺までで、ジェシカは残りの所ね」
リディアがそう言って、適当に三等分に持ち場を分けた──三等分?
「しっつもーん!」
「はい、グッチ。なに?」
「トールとアニーは?」
おれは下を指差した。トールはまだ納得してないのか首を傾げてる。
「ほっときましょ。アニーはスカートだし、木登りさせるわけにもいかないでしょ」
ってなわけで、おれたちは三手に分かれて木の実をさがし始めた。