おれと彼女と運命の出会い

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7

「ねえ、あったぁ?」
「こっちはない!」
「そっちはぁ?」
「まだ、見当たらないわ」
 この木はずんぐりむっくりだから、そんなに上まで登ることはないんだけど、横に広いし葉っぱはやけに茂ってるしで、さがしにくいったらありゃしない。
 しかも、通り道になる枝が少ない。太い枝が広く間をあけてボン、ボン、ボンとあって、残りはすぐに折れそうな細い枝ばっかり。トールじゃないけど、一歩足を滑らせたら、そのまま下に落っこっちまいそうだ。
「こんなんじゃ、ぜってえ寝床になんかなんねーぞ」
 いくら天使だとかいったって、こんなのの上でくつろいでお茶してる姿なんか想像出来ない。これは、トールの意見のほうが絶対に正しい。
 と言っても、おれはそもそも天使の姿っていうのが想像出来ないけどさ。

 ところで、何かの本で読んだけど、天使ってのは本当にいるらしい。
 この世界には、おれたち人間以外にもたくさんの生き物がいる。犬とか猫とかの獣はもちろん、亜人間とか、精霊とか、いろいろ。
 その中で、一番たくさんいるのが精霊だ。木には木の精霊がいるし、地面には大地の精霊、家の中にも家の精霊がいる、らしい。
 なんで「らしい」なのかって言えば、精霊は普通、人間には見えないからだ。
 だって、見えたら気持ち悪いじゃないか。着替える時だって、風呂に入る時だって誰かに見つめられてるなんて。それに水を飲むときにまで、その中で水の精霊がじっとこっちを見てるのが分かったら、飲むことだって出来やしない。
 天使もその精霊たちの仲間で、普段は見ることは出来ない。けど、天使たちには不思議な力があって、しばらくの間なら人間みたいになれるらしい。でも、本当に人間そっくりになってしまうから、その人が本当に天使なのかを確認できなくて、結局本当に天使たちがそんな不思議な力を持ってるかどうかは分からない、らしい。
 まあ、おれは本当は精霊っていうのを信じてない。もちろん天使も。だって、見えもしないものをどうやって信じろっていうのさ。

「くやしかったら、出てきてみやがれってんだ」
 おれがそう呟いたときだった。
 カサカサ、と上のほうで音がした。
 見上げると、葉っぱ間から何か白いものがコソコソと動いてるのが見える。
「なんだ?」
 おれは出来るだけ枝の先のほうまで行って、葉っぱの間から顔を突き出してみた。
 そうすると、目の前に白いクッションみたいなのがあって、そこから黄色に黒の縞模様の、毛で覆われたヒモみたいのが出ていた。しかも、そのヒモはクネクネと動いてる。
「…………?」
 もう少し目線をあげていくと、クッションの上にもう一つ白いクッションがあって、その上には黄色い頭──
「おや?」
 思わずおれが声を出すと、なぞの白い物体がこっちを向いた。
「おやぁ?」
 おれの口真似をしたのかは分からないけど、そいつは首を傾げておれのほうをじっと見た。
 大きくて丸い瞳は、夏の空みたいに真っ青で、ほっぺたには刺青みたいに茶色い線が二本ずつ入ってる。黄色い髪の毛の間からとび出てる耳は、人間とは全然違う。丸っこくて、黒い毛に覆われて、まるで動物みたいだ。
「あんただれ?」
 クネクネ動くヒモが、おれの頭をつついた。
 あ、ヒモじゃなくてシッポだ。こいつはシッポが生えてるんだ。
 手足も太くて、黄色に黒の縞模様の毛が生えてる。足の裏には、これ肉球って言うんだったっけか?
「ねえ、なにしてんの?」
 好奇心いっぱいって感じで、そいつはおれのことをのぞきこんできた。甘酸っぱい、いい香りがする。
 表情や仕草なんかは、五、六歳の小さな女の子なんだけど、全体を見ると、どうしたって普通の人間とは程遠い。
「お前、だれだ?」
「あんただれ?」
 おれの質問には答えないで、そいつは言った。
「聞いてるのは、おれだろ?」
「さきにきいたのは、あたしだもん」
 言われりゃ確かに。
「おれの名前は、グッチだ」
「ぐっち?」
「おう」
 そいつはしばらくのあいだ、「ほぁ〜」と、おれのことを見ていた。
 そのぽかんと開けた口からは、やけに尖った大きめの歯が二本見える。もしかして、それって、キバか? こいつって何なんだ?
「ねえ。なにしてんの、ぐっち?」
「おわぁ!?」
 突然そいつが身を乗り出して、そう聞いてきた。本当に、急に寄ってきたもんだから、おれはバランスを崩して木から落っこちそうになる。
「だいじょぶ?」
 シッポを使っておれを支えながら、そいつは首を傾げた。
「急にこっちに寄ってくんなよ、びっくりするだろ!」
 思わず大声で怒鳴る。
「びっくり?」
「おう」
「ごめんさい」
 分かってんだか分かってないんだか、そいつはぺこりと頭を下げた。ま、素直なのは良いことだ。
「まあ、別にいいんだけどさ」
「ほんと? ねえ、なにしてんの?」
 おれの言葉を聞いたとたんに頭を上げて、またさっきと同じ言葉を繰り返す。うん、トールと張り合えるくらいの素直さだ。
「木の実をさがしてんだよ」
「きのみ?」
「うん、この木になってるっていう木の実」
「こんなの?」
「そう、ちょうどそんくらいの大きさで、そんな卵みたいな──」
 目の前に差し出された真っ白い物体を見ながら、おれは途中で言葉を忘れた。
 ジェシカが言ってたのとほとんど変わらないものをそいつが手に持っていた。しかもその後ろを見ると、ごろごろと同じものが転がっている。甘酸っぱい香りは、そこからしてるんだ。
「なあ。もしかして、それって全部この木になってたやつか?」
「うん。げんきがでるの、おいしーよ」
「それだ!」
 おれは、それを取ろうと手を伸ばした。けど、そいつはヒョイとおれの手の届かないところに移動する。
「なんだよぉ!」
「これ、あたしんだもん」
 そいつはふくれっ面で、おれのことを見た。
「おれは、それをさがしてたんだよ。一個くらい、くれたっていいだろ?」
 お前には、他にもいっぱいあるじゃないか。おれがそう言葉を続けると、そいつはきょとんとした。
「これ、ほしーの?」
「そう。おれはそれをずっとさがしてたの」
「ほしいときはねえ、ちゃんと「くださいな」いうんだよ」
 ぬ、ちっこいくせにおれに説教をするのか? と思ったけど、まあ、確かに言うとおりか。
「その実をもらえないか? 友達が欲しがってんだよ」
 おれは改めて、そう頼んだ。
「うん。あげる!」
 そいつは大きく頷くと、どこからか布袋を取り出して、その辺に転がってる実を詰め込みだした……って、おい、ちょっと待てよ。
「はい、どうぞ!」
 そして想像通りに、転がってた実を全部詰め込んでパンパンに膨れ上がった袋を差し出してくる。
「そんな、全部はいらねーよ。一個で」
「いらない?」
「いや、いるんだけどさ」
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう」
「いえいえ、どういたまして」
 そいつはそう言って、おれにその袋を押し付けた。きっちり詰まってるからかなり重いんだろうと思ったけど、それはほとんど重さを感じないほどに軽かった。
「けど、全部もらったら、お前の分がなくなっちまうだろ?」
「へーき。あしたたべるもん」
「明日になったら、実がなるのか?」
「うん、たくさんなるよ。ぐっち、あしたくる?」
「明日は、たぶん無理だな。もらったやつがなくなったら、来るかもしれないけど」
「いつくる?」
「いつとかは、まだちょっとわか──」
「またくる? こんどくる?」
「……うん。また今度くる」
 おれが答えると、そいつはものすごく嬉しそうに、体を揺らしながらニッコリ笑った。
「ぱぱもねえ、くるんだよ」
「「ぱぱ」って、お前のパパ?」
「うん! ねぇねもねえ、だいすきなの」
「へえ、そっかあ」
「うん!」
 「ねぇね」っていうのは、分からないけど、今度はシッポも一緒に振りはじめた。そろそろ家族が迎えに来る時間なのかもしれない。とにかく嬉しそうだから、まあいいか。
「グッチぃ、見つかったのぉ?」
 そのとき、下のほうからリディアの声が聞こえた。
「おお! たいりょうだぜ、たいりょう!」
 おれは茂みから顔を抜いて、リディアのほうに声をかける。
「ほんと? ジェシカ、見つかったって!」
 二人が、おれのほうに急いでやってくるのが見えた。
「本当にあり──あれ?」
 おれがもう一度上に顔を出して、礼を言おうとすると、そいつの姿はなかった。
「おーい、どこいったんだ?」
 呼んでみるけど答えはない。
「おっかしいな。どこ行ったんだ?」
「なにブツブツ言ってんの?」
 リディアが顔を突き出してきて、おれのほうを見た。
「ああ。ここにさ、ちっこいやつがいたんだよ」
「……ちっこいやつ?」
「五、六歳の、ちっこい女の子」
「へえ?」
 リディアがそのまま辺りを見回す。
「いないじゃない」
「うん、いないんだよ。どこ行っちまったんだ?」
「あたしが知るわけないじゃない。で、見つかったんでしょ?」
「あ、そうだった。なあジェシカ、これでいいのか?」
 もらった木の実を袋の中から一つ取り出して、ジェシカに見せてみる。これで違ったらどうすんだ、重くはないけど、こんなに大量にもらったってなぁ。
 けど、そんなおれの不安はいらなかった。ジェシカはそれを見た途端にほっとした顔をして、大きく頷いた。
「ええ、これよ。ありがとうグッチ」
 そして、今にも泣きそうなほどに目を潤ませて、ジェシカはおれの手を握ってきた。
 な、なんか……いいな、こういうのって。
「べ、別にどうってことねえよ。これくらい」
 勝手につりあがってくるほっぺたを必死になって元に戻そうとしながら、おれはそっぽを向いた。
「ねえ、それよりさ、その袋ってなんなの? 来る時は持ってなかったわよねぇ?」
 突然、おれたちの間に割り込むようにリディアが入ってきた。なんだよ、せっかくのいい気分を邪魔しやがって。
「木の実だよ。さっき言ってた女の子がくれたんだ、袋に全部詰め込んで」
 まあ、リディアに面と向かって文句を言えるわけもないから、おれはそう答えた。ちょっとばかし不機嫌な声になったような気もするけど、そんなことに気が付くリディアじゃない。
「へえ、じゃあ本当にいたの?」
「だから、いたんだって言ったじゃんか」
 まったく、人の言うことを何でちゃんと聞かないかねぇ。
「で、どこに行っちゃったわけ?」
「それが分かればこんなに不思議がってないっつーの」
 ほんの一瞬目を離した隙に、あいつは消えていた。ここにいたっていう証は、この袋と、中に入っている木の実だけ。
「……お化けかしら」
「まっさかぁ」
「そうよねぇ」
 お化けっていうには、余りにものほほんとしてたし、そもそも、ちゃんと足まであったしなぁ。
 そのまま、しばらく沈黙。
「ねえ、リディアぁ、グッチぃ?」
「ジェシカ、どこにいるの〜?」
 シンとした空間に、トールとアニーのなんとも情けない声が響いた。
「いっけね、すっかり忘れてた」
「にしても、なによあの声は。力が抜ける」
「心配してくれているのじゃないかしら。結構な時間が経ってしまったし」
 そう言ったジェシカを先頭に、おれたちは急いで木を下りる。
 そしてトールとアニー、それに僧服を着た見たことのない大人が二人、おれたちのことを出迎えてくれた。