おれと彼女と運命の出会い

*ウィンドウ内のどこでもダブルクリックすると、そこにメニューが移動します。

8

「今、使いの者が出たので、しばらくすればお迎えの方が見えるでしょう」
 そう言ったのは、この教会で一番偉いっていうじいさん、確か「大司教様」って呼ばれてた人だ。
 うちのじいちゃんは頑固一徹って感じだけど、この大司教様はとっても穏やかで温かい感じのする人だ。おれたちが忍び込んだことも別に怒ったりしないで、教会で一番いい部屋へ案内してくれた。
 トールとアニーのそばにいた二人はもういない。部屋にいるのはおれたち五人と、大司教様の六人だけだった。
 トールは「おかあさんに怒られる……」と、ずっとしょぼくれっぱなしだ。ジェシカも責任を感じてるのか、窓の外をずっと眺めたままだんまりを決め込んでる。
「さあ、お茶が入りましたよ。これを飲んで、少し気分を落ち着けると良いでしょう」
 とてもいい香りのするお茶をいれて、大司教様はおれたちに渡してくれた。
「あ、おいしい……こんな香りのするお茶、今まで一度も飲んだことないわ」
 忍び込んだことがばれたにもかかわらず、いつものマイペースな調子でリディアはすっかりお茶を楽しんでる。いったいどういう神経してんだよ、おれだってさすがに父ちゃんたちにこっぴどく怒られることを思うと気が重いっていうのに。
「ほんと。うちのお店にもこんな不思議な良い匂いのするお茶は置いてないわ。ほら、トールも飲んでごらんなさいよ」
 もう一人いた。まあアニーの家は、両親ともやたらと楽天家で気のいい人だから、そんなに怒られるっていう心配もないのかな。うらやましいったらないぜ。
「こちらは、はるか東のブーレン王国から送られて来たお茶なんですよ。かの国は太陽の恵み豊かな土地で、作物はもちろんのこと、お茶も世界で一番美味しいと評価されているのです。さあ、どうぞ」
 大司教様は、なんともいえない心地良い声でそんな説明をしながら、ジェシカのところにそのお茶を運んで行った。その途端にジェシカは大司教様のほうを振り向くと早口にまくし立てた。
「お願いです、わたし達を帰してください。この子たちは悪くないんです、わたしが勝手に巻き込んでしまっただけだから。責任はちゃんと取ります、後できちんとお叱りも受けます。お願いです大司教様、どうしてもこれを届けないと、わたし……」
 そのままジェシカは言葉を詰まらせて俯いてしまった。なんだか知らないけど、重大な責任でも背負ってるって感じだな。
「ソアティリームの実、ですか?」
「……はい」
「大丈夫ですよ、リーン様の容態は安定されました」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、もう心配ございません」
 ジェシカはその言葉を聞くと、放心したように持っていた袋を落とした。そこから白い実がころころと転がり出る。
「ずいぶんと、たくさんの実を集められましたね」
 それを拾いながら、大司教様がジェシカに声をかけた。
「ええ、彼が」
 そう言って、ジェシカがおれのほうを指差す。
 き、急にこっちに振るなよ。
「ちが……おれは一個でいいって言ったんだよ。だけど、あいつが」
「ああ、さっき言ってた女の子のこと?」
 リディアが口を挟む。
「そう。あいつがその辺に転がってたやつを全部袋に詰め込んで「はい、どうぞ」って」
「……きっと、リムでしょうな」
 大司教様が笑いをこらえるように言った。
「リム?」
「リーン様が、大変可愛がってらしたお嬢さんです」
「そいつって、シッポがあって、耳はクマみたいなやつ?」
「虎です。勇猛果敢ゆうもうかかんな戦士として知られる亜人間ヴァールメンシュ虎人族ティーガーフォルクの少女です」
 トラは、おれは本とかでしか見たことがないから分からないけど、勇猛果敢っていうのは、どう考えたって違う気がするなぁ。
 あの、なんにも考えてなさそうな顔を思い出しながら、おれはそんなふうに思った。
「リムは生まれた時から聖人の愛情に育まれてきたので、とても穏やかな気性でしたけれども」
 おれの考えを見透かしたように、大司教様はそう言葉を付け足した。
「ジェシカ様は覚えてらっしゃらないですかな? 幼い頃はよくここまでおみえ下さって、リムと遊んでらしたのですが」
「……いえ、全然」
 ジェシカの返事に、大司教様は少し悲しそうだった。
「まあ、無理もありませんね。あの子が召されたのは十年前、ジェシカ様は三つになられたばかりでしたから」
 ……めされた? ってなんだ?
「まだ五つでした。今は、あの木の下で安らかに眠っております」
「それって、その子は死んじゃったってこと?」
 アニーが悲しそうな声で、そう呟いた。
「生まれ変わったのですよ、天使として。今も、無邪気に遊んでいるのでしょうな」
 じゃあ、おれって天使に会った人間かぁ。すげえや。
 あ、おれはそういうのは信じてなかったぞ、今までは。けど、会ったのが本当に天使って言うんなら、信じてもいいかなと思う。それなら急に消えちまったあいつのことも納得いくし──
 その時おれは、「ぱぱ」と「ねぇね」が来ると言って無邪気に喜んでいたあいつの顔が思い浮かんで、急に胸が苦しくなった。
 あいつの「ぱぱ」や「ねぇね」は、あいつと会ったことはあるんだろうか? ちゃんと、あいつの言葉は届いてるんだろうか?
 もう見えるはずもないけど、何となくあいつの様子が知りたくて、窓に目を向けた。
 窓際には、考え込むように俯いたジェシカと、そのそばで外を眺めている大司教様がいる。大司教様はおれを見ると、ゆっくりと頷いてみせた。
 ──ああ、そうか。大丈夫なんだ。
 根拠があったわけじゃない。ただ、大司教様の顔を見て、そんなふうに思った。
 初めて会ったばっかりのおれに、あんなに嬉しそうな顔で「ぱぱ」と「ねぇね」の話をするようなやつだもんな。そんなの、あいつの周りの人は、みんなが分かりきってることなんだ。
 おれは、何となく恥ずかしくなって、もらったお茶を一気に飲み干した。