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「あの、ところで聞きたい事があるんですけど」
リディアが突然そう言った。
「何ですかな?」
「リーン様って、誰ですか? それに、大司教様とジェシカの関係もよく分からないんですけど」
おお、なんて根本的な質問だ。おれもそういう風にチラッと思ったけど、すっかり忘れてた。
「それは」
大司教様はそこで言葉を区切ると、ジェシカのほうを見た。
「わたしから話します」
ジェシカが頷いて、おれたちのほうに寄ってきた。
「私には、物心がつく前から両親がいないの。リーン姉様は、私の母の従妹にあたる方で、ずっとわたしのことを育てて下さっていて。でも」
そこで、ふとジェシカの表情が曇った。
「あまり身体が丈夫ではなくて、こちらの教会や、神殿にお世話になることも少なくないの」
「……かわいそう」
トールがそう言った。誰が、とは言わなかったけど。
「それで、昨日も発作を起こして、いつもよりもとても容態が悪くて、それでわたし居ても立ってもいられなくて」
「聖木ソアティリームの実は、命の源とも言われているのですよ」
「だから、その実を食べれば姉様も元気になれると思って、わたし、お城を抜け出してきたの」
「おしろ?」
おれたち四人はいっせいに同じことを言った。みんな同じ言葉に引っかかったか。
「おしろって、あのお城?」
トールが間の抜けた声でそう聞いた。
聞くまでもない。この街でお城と呼ぶのは一個しかない、王城しか。
「ええ。わたしは、あそこで暮らしているの」
お城で暮らせる人間ってのは、限られてる。この国の国王と、その下で働いてる偉い人たち、それに国王の家族。あとは……。
「それじゃあジェシカってもしかして──」
リディアじゃなくても、何となく想像はつく。わざわざ見つからないように城をこっそり抜け出してこなきゃいけないような奴って言えば。
「脱獄犯か!」
おれは大声で叫んだ。
間違いない。そうか、本当は小剣だってこれからの悪事のために必要だったのかもしれない。
う〜ん、ジェシカの奴。かわいい顔して本当は極悪人だったんだな。人は見かけによらないってのは、ジェシカのためにある言葉だったのか。
おれが一人でそうやって感心していると、
「あんたって、つくづく大バカヤローね」
アニーがそう言って、思いっきりおれの頭を殴った。
「……ってぇ〜。なにすんだよ!!」
「今までの話を聞いておいてそういう発想に持っていけるって、ある種の才能があるような気がしないでもないけど」
そう言ったのは、おれがにらんだ先の隣に座っていたトールだ。トールがなにを言いたいのかはよくわかんねえけど、なんかその言葉はトールにだけは言われたくねーぞ。と、おれは感じた。
「なんだよ、それは?」
おれの言葉に答えたのはリディアだ。
「あのねえ、そんな極悪人が大司教様と知り合いで、なおかつ様づけで呼ばれると思うわけ?」
んー……そう言われると、そうだな。大司教様ってのは、教会はもちろん、神殿のほうでだって、かなり偉い人だもんな。そんな偉い人に様づけで呼ばれるってことは、それと同じくらいかそれより偉い人間ってことか?
「じゃあ、ジェシカってなんなんだ?」
いまいちおれには、よく分からん。
「だからねえ」
リディアがため息を吐いて、そう言ったときだった。
「姫様っ!!」
部屋の扉がバーンと開いて、一人の男の人が入ってきた。年は、うちの父ちゃんと同じくらいかな、四十のちょっと手前って頃だろう、もうおっさんと言ってもいい年の人だ。でも、父ちゃんとは違って、とってもかっこよくて立派な服を着て、かなり身分が高そうな、ちょっと怖い感じがする。
「まったく……リーン王女の具合がよろしくないと言うときに、突然姫まで行方をくらまされて、城の者達がどれだけ心配をしたと思っておられるのですか!?」
そう言いながらその人は、ジェシカのもとまでズンズンと大股で近づいて行った。けど、ジェシカは下を向いたまま顔を上げない。
「姫、きちんと顔をお上げ下さい! ──姫様!!」
アニーやリディアとは比べ物にならないくらいのでっかい声が響く。おっさんが姫、姫と呼ぶたびに、窓ガラスがビリビ……リ、
「ひめぇ〜!?」
おれの声は、おっさんに負けないぐらいの大きさだったかもしれない。けどそれよりも、おれはもっとたくさん驚いた。
それは、リディアとアニーも同じだ。ひそひそ声で、話をしてる。
「ね、ねえ……今、姫様って言ったわよね?」
「いいとこのお嬢様かなんかかと思ったけど、まさかお姫様とはね」
それって、もしかして、この国のお姫様ってことか? ジェシカが!?
呆気に取られてるおれたちをうるさそうに、そのおっさんは振り返った。
「君達は街の子供だろう、それがなぜ畏れ多くも姫君と同じ席に──ああーっ!?」
おっさんはまた馬鹿でかい声を出して、そのまま動きが止まってしまった。その目線の先にいるのはトール。トールもびっくりした顔で、おっさんをじっと見つめている。
「先輩〜。ここは神聖なる教会の中なんですから、もう少し静かな声で喋ってください。そこいら中に響き渡ってますよ、その大声」
そう言って入ってきたのは、おっさんと同じような服を来た男の人だ。こっちの人はおっさんよりも若い。三十を越えたばっかってところかな、とっても人のよさそうな顔をしてる。
「あ、姫様ご無事だったんですか、良かったですねー……先輩、どうしたんですか?」
ジェシカを見つけてニコニコ顔でそう言うと、動きの止まってるおっさんのほうを向いて、そのお兄さん(と、区別のために言っとく)は、その顔のまんまおっさんに聞いた。
「どうしたもこうしたもない」
おっさんは不機嫌そうに言うと、あごをつかってトールのことを示した。
「あれ? ぼくはデュークの家の坊やだよね、こんな所で何をしているんだい?」
お兄さんは、口調は驚いてるけどやっぱりニコニコした顔のまま、トールにそう言った。地顔なのか?
「何をしているんだい? じゃないだろう! お前にはこの事態の重大さが分からんのか!?」
「重大さ、ですか? リーン様は落ち着かれて、姫様も見つかって、一件落着じゃないですか?」
「違うだろ? 全然違うだろ!? 何で姫様と一緒に街の子供、しかもあの仕事をサボることしか考えていない大馬鹿野郎の息子が、ここに一緒にいるんだ!?」
おっさんはトールのことを指差しながら、お兄さんにつかみかかった。じゃあ、『仕事を〜大馬鹿野郎』っていうのはトールの親父さんのことか?
「あんの馬鹿、一度きっちりと文句を言ってやらんといかんな」
「一度って、一日に十回くらい文句を言っていますよ。先輩は」
「いちいちうるさい、お前は!」
二人はそう言いながら、部屋から出て行ってしまった。一体なんだったんだ?