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「なあ、トール。知ってんのか?」
ぼーっと、二人が出ていって開いたまんまの扉を見ているトールに、おれは聞いた。
「え? ……あ、うん。話したでしょ? お父さんのことを家から引きずっていった人たちのこと」
「ああ、あの二人がそうなのか?」
「うん」
へえー……確かにあのおっさんなら、そんなことくらい平気でやりそうな迫力があったな。
「えー? なにそれ?」
興味津々って顔でアニーがおれたちの間に割り込んできた。
「実はさあ──」
おれは、トールに聞いた話をかいつまんでアニーに話してやった。
「──てなことがあったんだってさ」
「へえ。おじ様ってそんなイメージ全然ないのにね」
アニーは驚いたように、おれと同じ感想をもらした。
「そお? 伯父さんなんて、いつもうちのパパにも下らないちょっかいだしては叱られてるわよ」
意外そうな声で言ったのはリディアだ。やっぱり身内の人間とは違って、おれたちってのは全然違うイメージを持ってるもんなのか。
それに、イメージが違うって言えば。
「それにしても、すっごい意外よね。ジェシカがこの国のお姫様なんてさぁ」
おれが見てるのに気が付いたのか、アニーが代弁するように言った。
ジェシカはうつむいたまま顔を上げようとしない。さっきからずーっとあのまんまで、首が疲れないのか?
「でも、なんか似合いそうじゃない。ひらひらのドレスとかって」
リディアは両手の親指と人差し指を使って四角を作ると、その中にジェシカを入れて、さながら額の中に入った絵を見るようにのぞきこんだ。
おれもその真似をしてジェシカを見た。言われて見ると、ドレスを着たジェシカの姿を想像できそうな気がする。
「でも、いいわよねぇ。お姫様だと大事にされるんでしょ、やっぱり? うちなんてさ、お姉ちゃんは怖いし、お兄ちゃんたちは変だし、もっと妹を可愛がって欲しいわよ」
アニーは心底うらやましそうな顔でジェシカを見つめている。それでも、おれはアニーだって恵まれてると思う。うちなんか、家の仕事は手伝わされるし、兄ちゃんは偉そうだし、弟と妹の面倒は見なくちゃいけないし、もっと次男坊もいたわってくれなきゃやってらんねえぞ!
「わたしは、別に好きでお姫様をやってるわけじゃない」
ポツリとジェシカが吐き出した。それは、さっきまでのジェシカとは思えないくらいに冷たい声だった。おれたちは三人は、思わず顔を見合わせる。
「ジェシカ様……?」
大司教様が優しく声をかける。
「……ごめんなさい」
ジェシカは小さい声で呟くと、そのまま膝に顔を埋めてしまった。
(ねえ、グッチ。もしかしたらジェシカはお姫様がイヤなのかな?)
突然トールが小さな声でおれに話しかけてきた。
(なんでだ?)
(だってさ、みんなに大切にしてもらえるかもしれないけど、それってお城の中から出してもらえないってことでしょ? 外で遊べないって、つまらないんじゃないかな?)
(あ、なるほど)
それなら、緑地帯で話しかけた時にジェシカが泣いてたってのも分かる。きっと寂しかったんだろうな、おれたちが四人でわいわい騒いでるのを見て。
「ちょっとお。男二人が引っ付いて、何をコソコソ話してるのよ」
アニーがそう言って、おれとトールの間に座り込んだのと同時だった。
「ほら、その目でよく確かめろ!」
さっき部屋から出て行ったおっさんが、そう言いながら部屋に戻ってきたのは。
「んな、ばかなことある──」
そして、続いて部屋に入ってきた人は、おれたちを見て絶句した。
おれとアニー、それにリディアの三人はその人に向かって手を振ってみたりする。トールは、一人慌ててソファーの後ろに隠れた。
もう三十も過ぎてるのに、まだ二十歳程度にしか見えないくらいに若くって、黄金色の髪がよく似合うとってもかっこいい男の人。一度あったら絶対に忘れない、それがトールの親父さんだ。
「ほほぉ……他の子供たちにも見覚えがあるのか。そうか、そうだろうなぁ。ああ、そうだろうとも!」
「ぐ、偶然だよ、きっと。うん、そう! 偶然意外に何があるんだよ。やぁだなあ、もう。そんなに目くじら立てちゃってさあ。そんなに鋼鉄よりも硬い性格してるから、四十も間近だってのに嫁さんの一人も貰えないんだぞ、きっと」
「あーあ……お前って、何でそういつも一言多いんだ?」
後ろから一人のんびりとやってきた、さっきのお兄さんが呆れた声でそう言った。
「あ、やっぱりそう思う?」
「思うも何も、面白がってわざとやってるくせに」
「ふっざけるなぁっっ!! 貴様らは、まったくいつもいつもいつもいつも……!!」
「あ〜! ぼくは無関係ですぅ!!」
やってきた途端にドタバタを始めた大人三人を目の前に、おれは本当に目が点になった。
「……はい?」
アニーも呆然とした顔でそう呟く。
おれやアニーの中にあった、さわやかなおじさんの像が、ガラガラと音を立てて崩れていく。リディアはいつもの見慣れた光景のように面白そうにそれを見ていた。それに、大司教様まで苦笑いの表情でそれを見ている。
「王城の中では、とても有名なのですよ。もう数人が加わると、本当に手がつけられなくなるそうですね」
おれとアニーの視線に気が付いたのか、そんな風ににこやかな笑顔で言われてしまった。どういう風に反応したらいいのか、全然わからねえぞ。
「だ〜か〜ら、俺だって無実だってばさあ」
「嘘をつくな! お前が唆さなかったら、何でこんな時間に、この場に姫様と一緒にお前の子供がいるんだ!?」
「んなこと、俺が知るかって」
「貴様は親の責任も持てないと言うのかっ!?」
「どーしてそうなるんだ?」
「まあまあ、先輩抑えて。こいつはこんなでも、嘘だけは言ったことはないんですから本当に偶然なんですよ、多分。それより、姫様をお連れして城まで戻らないと」
不毛な言い争いが続きそうになった時にお兄さんが割って入った。タイミングをちゃんと心得てるんだな、すばらしい。
「……そうだったな。またしてもこいつのペースにはまり込んで、今の問題がうやむやになってしまうところだった──とにかく姫様、城にお戻り下さい」
おっさんはコホンと咳払いを一つするとジェシカに声をかけた。すると、ジェシカは顔を上げておっさんをまっすぐ見つめると、
「戻りません」
と一言、きっぱりとそう言った。
その答えに、おっさんたちはもちろんだけど、おれたちも思わず口をぽかんと開ける。
「ひ、姫?」
「わたしは帰りません。帰るのなら、あなたたちだけが帰りなさい」
「何をおっしゃっておられるのですか? 我々は姫をお連れするために参ったのですよ!」
おっさんが慌てた声でそう言うけど、ジェシカはそっぽを向いて知らん振りを決め込んでいる。
「姫様、国王も大変心配しておられるんですよ?」
お兄さんのささやくような声に、ジェシカはいったんピクリと反応したけど、今度は身体ごと正反対を向いてしまった。
「姫、どうなされたのかは分かりませんが、そんな我儘を仰せられては困ります。きちんと」
「帰らないったら帰りません! 放っておいて、帰ってよ!」
「ひめさ」
「帰ってってば──帰りなさい!!」
ジェシカは立ち上がるとおっさんをにらんで扉を指差した。
「こりゃ、諦めるしかないんじゃないの?」
おじさんがお気楽な調子でそう言うと、お兄さんのほうも困った口調で、
「なんだか分からないけれども、僕達ではどうしようもないですよ。とりあえず戻りましょう」
そう言っておっさんを説得した。
おっさんは何かを言いたそうだったけど、お兄さんに背中を押されてそのまま部屋を出て行った。
「さて、もうそろそろお子さんたちのご家族の方もおみえになる頃ですね。ご案内の用意をして参りましょう」
大司教様がそう言った。
わ、忘れてたぁ〜。おれたちもみっちりと怒られるんだろうなぁ。
「申し訳ありません、本当に。教会の方々にまでご迷惑をおかけして」
そう言って大司教様に頭を下げたのはおじさんだった。あれ、さっきのおっさんたちと一緒に出て行かなかったのか?
「いえ、久しぶりに好奇心旺盛な明るい子供たちとふれあい、楽しませていただきました。健やかに育つ子供たちは何よりの宝です」
そういって大司教様は、トールの頭に手をやった。
「こちらの坊やが、あなた様のご子息だったのですか。雰囲気がどことなく似ておられると感じてはおりましたが」
「性格は似ないで、とてもいい子に育ってますよ」
おじさんが苦笑いをしながらそう答えた。
「将来が楽しみですね、きっと立派におなりでしょう」
「こうはならないようにと、祈るのみです」
肩をすくめたおじさんを見て笑いながら、大司教様は部屋を出て行った。